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評価のされやすい人って、そうなの?

最近つくづく思う。
いま一番安全で、評価されやすい立場にいるのは
決断しない人なんだろうなと。

何も決めなければ、
間違えようがない。
反発も起きない。
炎上もしない。

「様子を見ましょう」
「総合的に判断します」
「今後の課題ですね」

この言葉は、とても便利。
場の空気を壊さず、
誰の感情も刺激しない。

でも同時に、
何も前に進めない言葉でもある。

決断には、必ず傷がつく。

・誰かを選べば、誰かは外れる
・今を取れば、未来を失うこともある
・全員を助けようとすれば、全員が苦しくなる

だから本来、
決める立場の人間は
多少嫌われる前提で立つものだった。

でも今は違う。

嫌われない人ほど
「良い人」「調整役」「空気が読める人」
として評価される。

一方で、
決めた人は
「強引」「冷たい」「配慮が足りない」
と言われる。

これ、どこかおかしい。

会社でも、まったく同じことが起きる。

決めない上司の下では、
現場が勝手に判断する。

でも責任は取れないから、
小さな我慢が積み重なる。

声の小さい人ほど黙り、
一番真面目な人が疲れていく。

そして最後に起きるのは、
「なぜこんなことになったんでしょうね」
という反省会だ。

でも本当は分かっている。

誰も決めなかったから

決断しないことは、
中立でも優しさでもない。

それは
責任を未来に押し付けているだけだ。

後になって困るのは、
いつも現場で手を動かしている人たち。

決断しなかった人は、
「自分は関わっていない」という顔で
そこに立っている。

これほど残酷な構図はない。

正解かどうかは、
後にならないと分からない。

でも
「自分が決めた」
と言える人がいない組織は、
必ず弱くなる。

決断は、
未来への責任を引き受ける行為だ。

好かれるために決めない人より、
嫌われても決める人のほうが、
あとで振り返った時に
ちゃんと名前が残る。

決断しない人が
一番評価される社会は、
一見やさしい。

でもその裏で、
誰かが必ず消耗している。

だったらせめて、
決める立場にいる人間だけは、
嫌われる覚悟を持ちたいなと。

それができないなら、
最初から
「決める立場」に立つべきじゃないと思う。