ブログ

収奪資本主義の時代と「水と油の社会」

なんだか燃料価格が大きく上がっていて大変だなあと・・・


なんで、今の世の中は、国同士の揉め事が増えているのだろうかと。

歴史を振り返ると、人間社会はずっと「拡大」の中で動いてきたんですよね。

土地を広げる。
人口を増やす。
工業を拡大する。

企業も国家も、とにかく大きくなることが正義でした。

しかし、よく考えると地球は有限で。
人口も資源も、どこかで拡大の限界にぶつかってしまう。

そうなると何が起きるのか。

今度は「取り合い」が始まる。

これがいわゆる 収奪資本主義 というものなんだろうなと。

昔は土地や資源を奪って。
今は市場やシステム、データを奪う感じ。

成長していれば分け合える。
成長が止まれば奪い合いになる。

歴史でも同じことが起きている。

19世紀の終わりだと、成長が鈍化すると植民地争いが激しくなり、やがて第一次世界大戦へつながったり。
1930年代、世界恐慌で経済が止まると、各国が対立し第二次世界大戦へ向かったり。

つまり社会は、拡大が止まると摩擦が増える。

今の世界もどこか似ている気がするなあと。

人口は減少し、資源問題もある。
経済も昔のようには伸びない。

だからこそ、国家同士の緊張が高まっているのかもなあと。

ただ、社会を見ていて面白いのは、価値観が一つではなくなっていることで。

僕より上の世代にとっての豊かさは、

・大きな家
・高級車
・タワーマンション

といった「拡大」の象徴だった。

しかし若い世代は違う。

・古民家
・小さなカフェ
・地方移住
・YouTubeでの発信

むしろ「小さくて自由な生活」を豊かさと感じている人も多い。

同じ社会の中に、まるで 水と油のように違う価値観 が存在している。

混ざらないけれど、同じ容器の中にはいる。

僕らが若い頃は、水がほとんどで油が少しだった。
だから社会の方向もそれほどバラバラではなかった。

今は水と油が半々くらいある。

社会全体が熱くなれば、水は沸騰するし油も動く。
逆に冷えていけば、水は凍るが油は凍らない。

同じ容器の中でも、動き方がまったく違う。

そんな時代になっている気がする。

もし社会全体が大きな危機に直面すれば、価値観は一気に揃うかもしれない。
歴史を見ると、戦争や大恐慌のようなショックが社会を大きく変えてきた。

しかし何も起きなければ、人間は現状を維持しようとする。
いわゆる「ゆでガエル」のように、ゆっくりとした変化の中で社会は進んでいくのだろうなと。

豊かさって何なのか。

貧しい農家の子が立身出世を目指して勉強する人生も豊かだろうし。
裕福な家庭の子が遊びながら生きていく人生も、ある意味では豊かに見える。

結局のところ、豊かさの基準そのものが時代によって変わっている。

拡大の時代の次に何が来るのか。
はっきりとは分からないけど・・・

ただ一つ言えるのは、人間の本質はあまり変わらないということだ。

人は何かを求めて競争し、時代ごとに「豊かさの形」を変えていく。

歴史はその繰り返しなのかもしれない・・・

なんて、尾崎豊でもあるまいし、そんな感じで考えている朝です。